▼ 秋伏
暑い、と伏見さんが呟く。確かに今日は猛暑だ。まだ六月上旬、陽も落ちて本来なら少しくらい涼しい筈なのに何故こんなに暑いのか。辛い残業もいつもなら伏見さんと二人きりだと伏見さんに片思いしてる俺としては楽しいと思うのだが今日は暑くてそれを喜ぶどころではない。汗が顔の輪郭をなぞって滴り落ちる。それの繰り返しでズボンに濃い青のシミが広がっていたが気にするのも面倒になっていた。
「あーー……なんでこんな冷房きいてねーんだよ壊れてんじゃねーの」
「ほんとですよね…暑くてやってられないです」
そう返せば一瞬目をぱちくりとさせて俺を見る伏見さん。
「お前暑いのか…全然平気そうに見えるけど」
「まさか。人外じゃないんですから勿論暑いですよ汗かいてるじゃないですか」
ヘラ、と無気力に笑うとフン、と鼻を鳴らして目線が直ぐに画面に戻った。それを少し残念に思いながら自分も作業に戻る。
窓に目を向ければ少し雨が降っていた。恐らくは通り雨。蒸し暑いのはこれのせいか、と納得した。
暫く仕事に集中していると時刻は8時を過ぎていて、後はまとめたデータを保存して終わりだった。もう伏見さんは帰ったのだろうか。伏見さんの存在を忘れてしまうくらい集中していたようで、チラリと伏見さんのデスクを見れば、そこには珍しい光景が。
「伏見さ、ん」
声をかけても返事がない。すうすうと気持ちよさそうに寝息を立てて眠っていた。
ジッ、と寝顔を見つめていると顔がドンドン熱くなってくるのがわかる。どうしよう。可愛すぎてどうにかなりそうだ。
とりあえずタンマツで伏見さんの貴重な寝顔を撮り収めたあと、再びまたジッ、と寝顔を見つめる。暑さのせいで出た汗が髪についてペタリとしている。その髪を梳くと、柔らかい表情をしていた顔がピク、と動いた。
起こしてしまっただろうか、と思ったが伏見さんの目が開くことはなく、再び規則正しい寝息が響いた。
睫毛長いなー、とか、肌真っ白だなー、とか、思っていると思わず欲が出てきてしまった。
無防備に開いた口に自分の唇を重ねてしまった。
想像していたより薄いその唇は柔らかくて頬が緩んでしまう。そっと離れようとすれば、パシリ、と手首を掴まれて車に轢かれた動物のような声が出た。
「ふふふふ伏見さん!起きてたんですかっ」
「んあ゛ー…?お前が俺の髪の毛触ってる時からな」
「あ、あのその」
見た目通り低血圧らしく、先程の可愛らしい寝顔は見る影もない寝起きの顔と声の恐ろしさに気圧されてしまう。汗をダラダラと垂らしながら目を彷徨わせていると、こっち見ろ、とピシャリと言われてしまった。
「す、すみません。気持ち悪いことしてしまって!」
「ふーん。気持ち悪いことしたって自覚はあるんだ」
「うっ、」
泣きそうだ。こんなことになるならさっさと起こして帰ればよかった。じわりと目頭が熱くなってふい、と目線を逸らそうとすればそれを阻止されて伏見さんに両頬を掴まれて固定された。
「な」
「別に俺にとっては気持ち悪くない」
「え、」
そのまま顔が近付いて口付けられる。先程の触れるだけのキスとは違って伏見さんの舌が俺の口内で暴れる。
口を離されるとどちらかのかわからない唾液が糸を引いてプツリときれる。口の端から流れている唾液を伏見さんがペロリと舐めて、俺は状況が飲み込めずされるがままだった。
「あ、あの、これは?」
「俺も好きってこと」
理解するまでに時間がかかった。え、今伏見さん、俺の事、
「へ!?」
「……っ二度は言わねえ」
ほのかに赤く染まる伏見さんの顔が可愛らしくて、嘘ではないことを悟る。思わず目の前にいる愛しい人を抱き締めると、また伏見さんがフン、と鼻を鳴らした。
10000hit記念の秋伏一本目です短くてスミマセン…毎日暑くて溶けそうです…